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						<li><a href="./list1.html">事例：東北</a>&nbsp;&gt;&nbsp;</li>
						<li>大規模国産材製材工場による素材調達安定化のための川上の掌握</li>
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				<h2 class="title_h2 title_h2_shiryou">資料室</h2>
				<h3 class="title_h3 title_h3_shiryou_h22_report">森林組合は、全国各地で、森林づくりを進めている協同組合です。</h3>

				<h4>大規模国産材製材工場による素材調達安定化のための川上の掌握　−協和木材（株）（福島県東白川郡塙町）−</h4>
<h5>１．協和木材（株）の概況と沿革</h5>
<p class="indent1">協和木材（株）は、福島県東白川郡塙町にあり東白4町村（同郡棚倉町、塙町、矢祭町、鮫川村）、茨城県久慈郡大子町、常陸太田市（うち旧里美村等）、栃木県大田原市（旧黒羽町）、那須烏山市（旧烏山町）、郡那珂川町（旧馬頭町）などを原木集荷基盤に展開してきた。</p>
<p class="indent1">これらの地域は、栃木県、茨城県、福島県にまたがり八溝林業地、奥久慈林業地と呼ばれる。森林は阿武隈山系と八溝山系に別れ、阿武隈山系は比較的緩傾斜、八溝山系は急傾斜地が多い。国有林特別経営事業により明治中期と後期に大造林が行われたのを契機に、一部民有林で造林が始まり、戦後、拡大造林が広汎に展開された戦後造林地帯の典型の1つである。</p>
<p class="indent1">平成18年時点の原木調達量は、立木購入量6万m3、素材生産業者からの素材購入量2万m3、原木市場からの素材購入2万m3の計10万m3である。ただし、立木購入分のうち柱適寸材4万m3を工場に入れて、2万m3は転売している。樹種はスギ8割、ヒノキ2割である。径級別では14cm下が12％、14〜20cm39％、22〜28cm39％、30cm上10％である。立木購入分のうち、国公有林と私有林が約半々で、原木市からの入手分については、東白地域2市場をはじめとする地元町村市場が主である。</p>
<p class="indent1">当社は平成18年に新工場を竣工し（写真参照）、国産材消費量をさらに拡大した。現在の年間原木消費量は12万m3前後である。</p>
<p class="indent1">当社の始まりは、昭和30年に先代社長が営林署を退職し、素材生産業を開業したことによる。はじめは立木買いにより素材生産を行い、素材を賃挽きに出して販売することもあったという。昭和38年に製材工場を設置し、昭和48年に株式会社化した。</p>
<p class="indent1">当初は国有林の高齢級のヒノキとマツを原木としていたようである。ヒノキの場合、柱、土台を中心に製材し、マツの場合は、梁、桁、6尺板、二階根太などを製材していた。平成元年頃までは民有林原木の比率が増えてきた。しかし、樹種はヒノキとマツが主体であった。</p>
<p class="indent1">この当時から原木は立木買いで、伐出は請負に出していた。常時請負に出していた班が2〜3班あり、この中の1班は、事実上専属で、他は伐採の仕事が多いときに依頼していたという。製品の販売先は関東、首都圏の市売市場であった。昭和50年に年商が1億円を超えている。</p>
<p class="indent1">昭和50年代にマツクイムシ被害が広がりマツが減少してきたのでヒノキに主力を移した。だが、国有林ヒノキも戦前に造林されたものが枯渇する中で、戦後造林木は十分成熟しておらず、原木入手に難点を感じるようになった。そこで、スギ小径間伐木を加工する方向に転じた。平成元年とのことである。そのため台車１基、ツインバンドソー１基を導入し小径木専門のラインを設置した。生産能力は月産1,500m3で、年間18,000m3であった。当時としては大規模な工場であった。原料が小径木のため元玉で柱が採れる場合は、柱を生産し、それ以外は母屋、桁、垂木等であった。</p>
<p class="indent1">当社がこの時期にスギ材に転換したのは、第一に、戦後造林のスギ材がある程度生育したこと、第二に、戦前に植林されたヒノキ林分の枯渇ということが背景にあり、地元の資源から手に入る材料を挽くという方針に依ったものである。</p>

<h5>２．原木調達先の転換による川上の掌握</h5>
<p class="indent1">当社は、小径木生産ラインを設置する頃までは、原木調達は主に国有林での皆伐に依存していた。上記のように国有林ヒノキ材資源の枯渇とマツ枯れによるマツ材の不足から、原木調達先を民有林での間伐によるスギ材が主体となった。民有林での生産は、小規模でかつ分散的であるため、しかも間伐によるため、量の確保を図るためには、数多くの間伐を実施する必要があった。</p>
<p class="indent1">こうした状況に対して当社は原木調達部門の増強のために2つの対応をとった。1つは、素材生産を請け負う業者の組織化、系列化である。当社の仕事を請け負う素材生産業者を当社が自社で育成するため、素材生産業者による「協栄会」という下請け協力会を組織した。このアイデアは土建業に倣っている。もう1つは、立木買い付け部門の強化である。林家を訪問して立木購入の交渉等を行う仕入れ担当者を増員した。</p>
<p class="indent1">以下では、これら2つの対応について詳しくみることにする。</p>

<h5>３．素材生産業者の組織化・系列化</h5>
<p class="indent1">当時の東白川地域内の素材生産業者には一人親方が多く、せいぜい大きい業者でも2〜3人のグループであり、社会保険等の手続きを業者が自前で行うことが出来ない場合が多かったという。そこで一人親方の組合を作って事務局が社会保険などの事務処理を行い、その事務局を協和木材（株）内に置くことにしたとのことであった（昭和63年3月設立）。同時に、請負関係の確立も図り、その後、協和木材（株）はこの組織を利用して下請けを育成していく。</p>
<p class="indent1">発足当時の会員は約10名で、会の趣旨から一人親方として登録した。しかし、実際には４班であった。会員はすべて工場所在地である塙町もしくは隣接町村在住者であった。当時の素材生産業者は、皆伐の場合3〜4人編成をとり、間伐の場合は2人1組であった。</p>
<p class="indent1">会員募集の際は、協和木材（株）から仕事を請負っていなくても会費を払えば会員とした。会員リストは、当地域の素材生産業者名簿的な意味合いがあり、必要なときに当社が仕事を発注できるという利点があるため会員資格を厳格にしていなかった。会員資格に関する規約はあるものの、運用の面で緩めにしているという。このことは、ある意味で素材生産業者の囲い込みといえる。現在の会費は年間6,000円である。</p>
<p class="indent1">平成18年時点の会員は約70名、この中で当社が請負に出しているのは50名程度である。規模の大きな業者が4業者あり、これらの業者はプロセッサなどの高性能林業機械を有し、ほぼ皆伐生産で国公有林での伐採が多い。この4業者で協和木材（株）の月間原木入荷量5,000m3のうち2,000〜3,000m3を占めている。他方、一人親方は民有林の間伐生産が主である。</p>
<p class="indent1">素材生産業者と新規に取引関係を結ぶ際に、協和木材（株）側から働きかける場合と、素材生産業者側が協和木材（株）へ取引を求めていく場合と、ほぼ半々である。近年、零細土木業者が公共事業の減少の煽りを受けて元請けに切り捨てられるなどした結果、山林作業に進出しているとのことである。彼らは、バックホーなどの重機を持っており、すでにゴルフ場造成等の事業による支障木伐採などの経験もある。そのため、山林作業（伐採）経験者を１名雇用すれば素材生産への新規参入は難しいことではないとのことである。</p>
<p class="indent1">会員のうち、どの素材生産業者に下請けに出すかは協和木材（株）の仕入れ担当者が判断し発注している。伐採対象の林分調査の段階から素材生産業者の伐出技術、事業所からの距離等々を勘案してもっとも安いコストで実行できる素材生産業者に発注している。</p>
<p class="indent1">当社は会員に対しては、安全講習を開催しているが、とりたてて技術講習会のようなものは開いていない。ただし、作業能率のよい会員との共同作業の形で請負に出すことで、技術の平準化につとめている。また、借入金の保証人になるなど各種支持策を実施している。</p>

<h5>４．森林所有者の掌握</h5>
<p class="indent1">協和木材（株）が国有林から民有林材に原木調達先を転換しようとした頃、民有林材の集荷範囲は地元町村が中心であった。当時は立木買いを担当する営業マンが2名おり、伐出は請負に出していた。民有林材の立木確保については、１集落に2〜3戸の比較的活発な林家があり、これらの林家からコンタクトを取っていったという。現在では栃木、茨城、福島3県を中心に約200戸の林家を掌握しており、間伐の繰り返しなどで定期的に取引を行っている林家も少なくないという。</p>
<p class="indent1">現在の当社の山林部は部長の下に6名の職員がおり、1名は丸太販売担当、5名が立木買い付け担当である（このうち2名は新人で、いわゆる研修中である）。3名の立木買い付け担当は、長年の取引関係を元に各林家を担当している。担当者間である程度の地域割はあるもののはっきり地域で区分しているわけではない。長年の顧客リストなどを元に営業活動を行っている。</p>
<p class="indent1">立木購入の手順は以下の通りである。まず、森林所有者を訪ね希望伐採区域を案内してもらう。現場を一通りみてから間伐調査を行う。間伐木に印を付け輪尺で測り材積を算出した後、経費を引いた見積書を作成し所有者に提示する。間伐については森林所有者によって様々な考え方、やり方があり、森林所有者と協議の上、方針を決めて上記の見積書を作成する。間伐の選木は協和木材（株）側が行う。</p>
<p class="indent1">契約成立後、立木代金を支払った後に伐採に着手する。代金を払わないまま伐採に取りかかることはない。また、金額を厳密に決めないで「精算払い」にするのは不明瞭であるためやらないという。森林所有者は、利用材積で2,000〜5,000円／m3の手取りで間伐生産に同意するとのことで、利用材積は総材積の80％である。とにかく森林所有者に実際に現場を見てもらって確認を取ることが大事であるとしている。とくに、間伐の選木が協和木材（株）側が行ったものでよいかを必ず確認を取る方針である。</p>
<p class="indent1">立木購入にあたって担当者は、森林所有者と長年取引できるように気を配っている。とくに間伐に関しては、一度担当すれば、その後何度でも委せてもらえる場合が多い。平成18年時点で、年間20〜30戸の林家と新規の取り引きがある。このうち3分の1は次回の間伐も頼まれるという。恒常的勤務などの兼業林家が多く、間伐の選木が出来ないからだという。また、上記の年間20〜30戸のペースで増加する新規取引には、スポット的に入る小さな事業地は含んでいない。概ね10ha以下の所有規模の林家からはスポット的な取り引きが多く、定期的な取引関係を築けるのは、20〜30haを越える林家である。</p>
<p class="indent1">なお、事業地の規模は主間伐共に1〜10haくらいである。伐採の際に隣接地の所有者に声をかけて事業地の団地化を実施する場合もある。立木確保に関しては、きちんとした営業マン（山林部員）を育てたことで森林所有者から信頼を得られたと当社は認識しているようである。</p>
<p class="indent1">さらに、境界管理などを実質的に受託をしているようなケースも見られる。高齢なため山に出ることができず、後継者も他出しているような林家から、登記所から図面をもらってあとから分かるようにしておいて欲しいと依頼されることもある。このような依頼は山林部の担当者が個人的に受け、担当者1名当たり3〜4件抱えているあるという。</p>
<p class="indent1">立木確保に関して、ここ10年で、立木購入がやり易くなったとの認識である。その理由は競争相手がいなくなったためである。森林所有者は、立木代について以前は高めの価格設定をしてきた（手取り10,000円／m3）。森林所有者がこの価格水準をあきらめるのに5〜10年かかったとのことある。</p>
<p class="indent1">森林所有者の間伐補助金の事務手続きも当社の山林部担当者が行う。山林部では、@林家に対する営業（立木確保）、A調査と日程調整、B伐採関係の管理一切、C丸太販売（市場、工場へ）、D伐採許可、補助金にかかる事務手続き、E作業道等開設の際の「道買い」の交渉を担当している。</p>

<h5>５．新生産システム</h5>
<p class="indent1">協和木材（株）では、新生産システム事業の導入に合わせ、これまでの生産量を2倍近く拡大し、平成18年度末時点では月間1万m3（年間12万m3）の原木消費を目指した。</p>
<p class="indent1">月間1万m3の原木を賄うためには、協栄会から調達する木材の量を拡大するとともに、共栄会以外の素材生産業者からの素材購入、原木市場などから購入を拡大する必要がある。新生産システムによる取り組みでは、協栄会からの調達、原木市場等からの買付の双方を拡大するとともに、原木市場等からの購入に関しては協定に基づく直送化を図っている。</p>
<div class="margin_b10 text_center"><img src="./images/detail42_1.jpg" alt="写真　平成18年に竣工された協和木材（株）の新工場"><br>写真　平成18年に竣工された協和木材（株）の新工場</div>

<p class="text_right">（堀靖人）</p>


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